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母の命日

昨日は3人でお墓参りに行ってきました
カラッとした秋晴れで気持ちよかったです
その様子はまた今度


今月は母の命日があります。
亡くなってから26年も経ちました。
私の人生に母のいない時間の方が多く、
母がどういう人だったか、あまり明確に思い出せないのは仕方のないことと思います。

子どもの頃の写真を見ると、母が私のことを心配そうに見つめている写真が多くて
こんなに私の事を見ていてくれたんだなと、複雑な気持ちになります。

そんなに心配なら、なんとしてでも病気に勝って
もっと家族と一緒にいてくれたらよかったのにと
思ったこともあったり。

母に対しては複雑な感情が多くて
決して「産んでくれてありがとう」などの言葉は言えません。。。
いまだに反抗期に似た気持ちが強いかも
なんていうか、母の死を自分のせいにしている部分もあり
こんなこと言ったらだめですけど、私の病気で苦労する位なら
「産まなきゃ(つくらなきゃ)よかったのに」という言葉が頭に浮かぶのです。
兄が産まれたことだし、自分の身体のことを考えて
2人目を産もうと思わないで欲しかった。

もともと母は病弱で、私の手術を終えて落ち着いてきた頃から
入退院を繰り返すようになりました。
みんなでお見舞いに行く日々が何年か続いたんですが、
病状が悪化したため、母が亡くなる1年ほど前から
兄と私は面会に連れて行ってもらえなくなりました。
兄はその後何度か行ってたみたいですけどね。

面会に行けなくなってからは、手紙を書いて父に渡してもらっていました。
まさか亡くなるような病気だったとは思ってもいなくて
あとで母が書いていた日記のようなものを見たら、
書きなぐりのような文字が。。。
かなり体調がわるかったのがわかって・・・正直怖いという感情が強かったです

そこには「○○(父)、○○(兄)、chii(私) 愛しています」と何度も何度も書かれていました。
「小さい子どもたちを置いて死ぬなんて無念」ともありました。
母は自分が近いうちに亡くなることがわかっていたようです

他にもいろいろと書いてありましたが
とてもリアルで読み返すのが辛い遺書のような言葉も書かれていました。


当時の事を父に聞いても、病状が悪化しているところを
子どもたちに見せたくなかったと言うだけでした。
子どもからしてみたら、そんな気遣いは迷惑なだけです
前にも書きましたけど、うちの父ってとことん言葉足らずな人なんですよね

面会に行けなくなる前に母が退院してきました。
私を連れて子ども服売り場へ行き、何十着もの服を買ってくれました。
成長期だからすぐ着れなくなるのに不思議だなと思ってましたが、
母はこれが最後だと思っていたのかもしれません。

母に話したかったこと沢山あったのに伝えられなくて、
後悔を超えて、よくわからない感情のまま止まっています。


大人になるほど、親の存在がありがたくなりますね。

あの時もっと大人だったら、何かしら母の役に立てたのに
子どもだった自分が憎くなります。。。
あれだけ看病してもらったのに
私は何にもお返しできませんでしたから。

今は父と母が一緒のお墓に入っています。
母は父の事が大好きだったから、一緒にいれて幸せだろうね

とりあえず、母の命日の前にお墓参りに行けてホッとしました。



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